日刊ニュース

2011.04.05 のニュース

3.11以降~ エネルギー再考

被災地では直後から灯油が大活躍し、最優先にガソリンが求められた。自家発電用のA重油を求める声が現地で、東京で飛び交った。石油製品を含む緊急支援物資を運んだり、壊滅した港町を整地する軍機向けに軽油が活躍した。石油業界自体が被災者となったことに起因し、その絶対量が不足した事実はあったがそれでも我々の仲間は精一杯に頑張り、使命を果たそうとした。その地においては、石油以外の競合エネルギーは一切存在しなかった。
 震度に対しては相変わらずの強さを発揮したSSも、津波による被災は免れる術がなかった。沿岸にある製油所が、そして油槽所が、陸送口ーリーが、ほぼ全機能停止に陥ってしまった。それでも、そこからの回復は、どんなエネルギーよりも迅速に行われた。石油とは、実に緊急耐性の強いエネルギーであった。
 多くの教訓と示唆を残した大震災。特にエネルギーの方向性においては、3.11以前と以降では、まったく異なる世界観に様変わりした。太陽光や風水カなどの自然エネルギー活用は好ましい流れのままだろうが、過度の脱石油は、この国の安全保障上は好ましくない、という流れが起こるのは必然であろう。
 間もなく不要になる、と見られた重質油。今後は、不足する電カを補うために石油火力向けに大量の重油が求められる。この規模は07年7月の中越冲地震の際の原発停止による影響を確実に超える。その数量を抑制するために、軽質化2次装置の装備率をベースに、実質的に精製設備廃棄を促したエネルギー供給構造高度化法は、様変わりせざるを得ない工ネルギー観で再検証されることになるだうう。
 エネルギーが不足した際の危機的な臨場感は、被災地ばかりでなく、首都圏を含む関東の多くの生活者、産業界も身に沁みた。それでも、これはまだ序の□であろう。春の訪れとともに、その先に控える盛夏のエネルギー事情を見据えると、尋常ではない社会の姿が確実に予見できる。頻発する計画停電で社会はどのように変化し、その結果、我々はどんな対応を迫られるのだろうか。
 オール電化や天然ガスにドミノ倒しのように転換された灯油や重油がカバーしていた領域。EVに席巻される未来予想図さえ描かれていたガゾリンがカバーする領域。3.11のインパクトで、我々の近未来は修正されるべきである。

提供元:全国石油商業組合連合会
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