2011.03.22 のニュース
被災者と仲間のために
パトカーの先導で、全国各地のナンバープレートを付けたローリーの隊列が進む。その後をストーブや毛布などを満載したトラックが続く。北北東にある被災地を目指し・・・。
この国が歴史を刻み始め、今日に至る中でも、未曾有の災害という理解はある。何重の安金策を施していたはずの原発のありさまが、それを証明している。
被災地でも東京でも、元売も行政も我々も、誠心誠意かつ不眠不休で善後策を講じてはいる。それでも被災地でガソリンや灯油が絶望的に不足しているという報に、残念無念という感覚に陥る。
ガソリンはクルマを動かしているばかりではなかった。停電エリアではクルマを介して、ラジオやワンセグで情報を得る。エアコンで暖を取る。携帯電話などを充電する。夜間照明を得る。車内でプライバシーを確保する。電気自動車は、どんな機能を発揮しただろうか。ガソリンとガソリン車は実に偉い。
石油は、温暖化の原因とされる二酸化炭素を大量に出すだけの悪役ではなかった。悪役を冠せられた石油火力をよそに、正義の味方を演じようとした原発は、トラブルに見舞われた場合、他のエネルギー源にはない地獄絵となることが、福島浜通りで現実となっている。
新潟に続き、福島原発の戦列離脱の一部を補う力を、石油は持っている。製油所併設のIPP卸電力向け発電装置をフル稼働させ、不足する電力量を補う力を発揮している。石油と製油所も偉い。
平時なら、色々な次世代車の方向を描くことができる。25%削減のために脱石油を加速するロードマップも描ける。しかし、現実に起きた震災の前では、これまでの潮流は変化せざるを得ないだろう。
震度に対しては過去の幾多の地震で、その強度を証明したSSも、度を越える津波の威力には、抗することができなかった。被災沿岸部では、ほぼすべての街が瞬時に消えてしまう、お客様が消えてしまう、というSS消滅、市場消滅という現実は、事業基盤そのものがなくなったことを意味する。そうした仲間に対して、被災の外側にいる我々は、なにができるのだろうか。できることは、なんでもお手伝いしよう。それが仲間に対する言葉だ。
まだ春遠い雪が舞う現地に、一刻も早く、被災者へ、我々の仲間へ、温かさを届けたい。