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「大震災 その2」 2011年05月24日更新

本欄に毎回コメントを頂いている五本松先生から苦言を頂戴しました。
その概要は戦後の経済成長の恩恵を受けている筆者の世代の者が その経済成長を支えてきた原発に対し否定的な発言をするのは恩知らずであるというものでした。正直に申しあげてこれは筆者にとって意外なご指摘を受けたと感じるものでした。それと同時にこうしたご指摘を受けたのはおそらく筆者の筆が怠けていたからだろうと思い ここに改めて筆者の思うところを述べさせて頂きたいと思うしだいです。

まず 筆者は原発の恩恵を受けてきたとは全く考えておりません。原子力は数ある発電エネルギーのなかの一つであり そのなかで最も危険度の高いものと考えております。その危険度の高さを見るに 日本がこれに頼るようなことは非合理的であると述べたものです。これまで政府も電力会社も原発は安全であると言い続けてきましたが この発言の裏には最も危険なエネルギー源であるという現実が意図的に隠されてきたと言わざるをえません。この現実をまず表に出して 尚且つ経済的な電力を確保するためには必要なのだと訴えるべきではなかったでしょうか。尤もその経済性も目先の話であって原発の一生を通しての経済性となるとまた話が違ってくるのですが。

とにかく原発を始めて40年以上も経過すると その間原発は安全であると言い続けてきた組織のなかでは 最も危険なものであるという認識が薄れてきて
本当に安全なんだと思う人達が増えてきても不思議ではありません。つまり
大変に危険なものを扱っているのだという緊張感が薄れてくるのではないでしょうか。今回の福島原発の後処理の様子をみても これが裏付けされているように思えてなりません。彼らにとって必要であったのは原発は危険なんだと言い続けることだったのではないでしょうか。

大体40年という期間を考えると この間の科学技術の発展は目覚しいものがあります。40年前の車に今も乗っている人は殆んどいないし 勿論テレビを使っている人もいない。当時最新鋭だった新幹線の列車も今は廃車となっているし
当時はパソコンもなければ携帯もありませんでした。しかし原子力の安全管理に関しては こうした目覚しい進歩発展の話を聞いたことがありません。つまり旧態依然とした状態ですべてが行われているとしか考えようがないのです。
この科学技術的革新が見られないことこそが 原発の根本的問題だと考えるのです。

先に菅総理が中電の浜岡原発の停止を要請しましたが この判断は正しいと筆者は思います。もしここが第二の福島となったら日本の原発はすべて廃棄処分とせざるをえないところまで追い詰められるでしょう。これだけは何としても防がなくてはなりません。日本の全電力会社および関連の設備供給会社が原発の安全管理に再度全力を尽くして努力し これ以上は絶対できないと思うほどの安全対策を講じて世界の見本になって欲しいと切に思うものです。

(一本杉)

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