「文化を考える」 2005年03月17日更新
もういい加減にして欲しいと思うのだが このところテレビや新聞を見れば専らホリエモンのlivedoor対フジテレビの日枝社長のニッポン放送株式買収合戦の話しである。この株式買収合戦が日本という国にどれ程の影響を与えるのかと問えば 答えはどうと云うことはないとなる。 では何故、マスコミがこれほどやっきになって報道を続けるのかと云えば おそらくこれをマスコミに対する異業種からの挑戦と彼等が受け止めているからだろう。このところNHKを始めとして マスコミの不祥事が続いていることから彼等としても何とか更なる失点は防がねばならないと考えるのも無理はない。それにしてもフジテレビの慌てふためく様は これまでの備えが如何にお粗末であったかを示すものだろう。 それを白日の下にさらしたという意味では手段はどうあれ 体制に刃向かう若武者の功績は否定できない。
ところでホリエモン氏のインタビューを聞いているとアメリカのビジネススクールでよく使われる言葉が英語でポンポン出てくる。彼がアメリカ式の経営学の信奉者であることは おそらく間違いないだろう。そこで気になるのは はたして彼はこのアメリカ式経営学を日本的にこなしきれているかどうかである。 アメリカと日本では当然ながら文化が異なっており アメリカの良いところを日本に持ち込む場合には それを日本的にこなしてから 実用に向ける必要があろう。これをやらないで アメリカ式を生で実用に向けると文化の摩擦を起すことになる。今回のニッポン放送株の一件では この摩擦が見えているように思う。
はるばるヨーロッパからアメリカへ渡ってきた開拓民達は新大陸で一花咲かせることを夢見ていた筈だ。その広大な大地に立った時 無限の富を手にする可能性を実感しただろう。つまり富を手にするという同じ目的と価値観を共有していたことになる。
したがって全員が金持に成りたいと思っていたしいちはやく金持に成った人がいれば うらやましくはあっても 皆がその人を賞賛し自分達も早くそうなりたいと 思いを新たにして頑張ったのだろう。とにかく土地はいくらでもあるのだから まだまだチャンスはたっぷりと残されている。 ゴールドラッシュの時に 最初に金を見つけた人を 他の皆がどのような目で見たか 想像に難くない。
こうした開拓民気質は 現代のアメリカ人にも引き継がれているようだ。 現代でも金持に成ることは アメリカ人共通の願いである。 経営学も金持に成りたいアメリカ人に サラリーマンとして成功するための手法を教えるのが目的である。アメリカではサラリーマンであっても成功すれば大金持ちになれる可能性があるから 大学を卒業してから MBAの資格を得るために二年間のビジネススクール生活を希望する青年が後を絶たない。 無論これ自体は彼等の向上心に基づくものであり立派な志と言える。
またそうであるがゆえに アメリカに於いて経営学が進歩したとも言える。
しかし問題もある。それは教える内容が戦略論に偏りすぎていることだ。 戦略論とは すなわち論理と数値である。商売敵といかに渡り合うか より優位な立場を造るに何をすべきかこうしたことを現実の例を引いて 論理的且つ数値的に教えるのである。つまりこれは 無機質な世界である。 M&A即ち合併若しくは買収を例にとれば 相手の長所短所はどこにあるか 一緒になった場合の財務諸表はどうなるか こうしたことを数値的に検討して判断するのである。 ここで抜けているのは相手の従業員はどう思うかということである。
当然のことながら 社会は有機質である。論理や数値で割り切れないのが社会だ。
そしてこれは会社でも同じだ。日本の文化はこれを当たり前と考え そうであればこそ 有機的な会社を機能させる有能な指導者を待ち望んでいるのではないか。 また日本の経営者がアメリカの経営者と比べてかなり低い報酬で満足しているのもそうでないと社員の信頼を得るのが難しいと考えているからではないのか。アメリカ文化との大きな違いの一つであろう。 こうした文化の違いを考慮せずに アメリカ文化をそのまま日本に持ち込めば 文化の摩擦が起きるのは当然である。 アメリカかぶれが数多い昨今ではあるが ここはじっくりと考えて欲しいと思う。
(一本杉)