エネ研見通し イラク戦後の情勢 旧勢力温存シナリオ 2003年07月17日更新
日本経済研究所は「イラク戦争後の中東石油シナリオ」を発表した。シナリオは2008~2010年程度までとして、(1)旧体制の極力構造の一部を活用し、早期に選択的な勢力による暫定政権樹立、その下での自由選挙実施を目指すという「イラク旧勢力温存シナリオ」、(2)旧体制の権力構造を全面的に見直し、政体自体の基盤改変を原則とした暫定政権の樹立を目指す「イラク全面改変シナリオ」、の2通り。「旧勢力温存シナリオ」は、2003年内には原油生産が250万バーレル/日まで回復が図られる。2005年には未開発油田の入札が実施され、2010年には600万バーレル/日に達する。その結果、原油は10ドル/バーレル台前半まで暴落する可能性もある。「全面改変シナリオ」では、政治不安で生産の回復遅れ、2010年でも300万バーレル/日程度にとどまる。その結果、原油は堅調に推移する。
「イラク旧勢力温存シナリオ」の概要は、米国は早期のイラク統治体制確立による復興加速を目指し、旧政権の性格をある程度継承する形になるものの、旧体制・旧勢力を利用した暫定統治機構(IIA)を2003年内には立ち上げる。米国は軍事・治安分野で主な関与を続ける。
IIAの下で、既存石油省の組織が維持されつつ行政府が設立され、戦争開始前の水準である25万B/Dまで原油生産の早期回復が図られる。2004年からは新行政府は外国石油会社と石油開発交渉を再開・本格化させる。
2005年には未開発油田の利権入札が実施され、2006年以降、外資による投資が本格化し始める。その結果、2010年にはイラクの原油生産量は600万B/Dに達する。
イラク石油部門の外資開放の進展、生産量の拡大は主要競争相手であるサウジアラビア、イラン等の焦りを誘う。イランなどでは外資開放に関する投資条件に影響が現れ、サウジアラビアやイランの対応にも変化が生ずる。
この間、非OPEC特にロシアおよびカスピ海周辺諸国での増産が進むこと、また主要OPEC諸国での生産能力の拡大が進むこともあって、イラクの増産はOPECの生産・価格政策に深刻な打撃を与える。
イラクの生産が350万B/Dに達した時点でOPEC生産枠への復帰問題が浮上し、イラクを除くOPEC加盟10カ国はイラク増産に対応して大幅減産を余儀なくされる。しかし、実態として減産規律は低下、カルテル機能は著しく損なわれる。その結果、原油価格は低迷し、短期的には1バーレル10ドル台前半まで低下するなど暴落発生の可能性もある。
「イラク全面改変シナリオ」の概要は、2003年、米国はイラク統治体制の構想を見直し、官僚機構の改革も含め、旧勢力の全面的な排除と政体の基盤改革を原則とした統治体制樹立を目指す基本方針を確定・発表する。その場合でも、治安維持・石油収入確保は最重要課題であるため、国軍再建と既存石油省組織の機能は重視される。
国内政治情勢の不安定化・治安悪化という状況下、イラク石油部門への投資は進まない。国内経済再建にとって石油収入確保は最重要課題であるものの、投資の遅れから戦争前の生産水準250万B/Dへの回復も計画より大幅に遅れる。
その後も特に外資にとって投資リスクが非常に大きいこともあって、未開発油田への新規投資は進捗せず、2010年でも原油生産量は300万B/D程度にとどまる。
イラクの石油増産の遅れは他のOPEC諸国、特にサウジアラビア、イラン等の主要産油国にとってはメリット。生産枠の再調整や大幅減産の必要に迫られることなく、その結果として原油価格は堅調に推移する。